宮市、欧州での苦闘

 アーセナルからオランダ1部トゥエンテに期限付き移籍しているFW宮市亮(22)が15日、トゥエンテの練習場で日刊スポーツなどのインタビューに応じた。

 G大阪の宇佐美、鹿島の柴崎、東京の武藤らと同じプラチナ世代。高校卒業と同時にアーセナルと契約し、真っ先に海外に身を置いた。あれから約5年。欧州での苦闘などを正直に、大いに語った。

 -今シーズンは

 振り返ると、自分のことをいろいろ知ることができたシーズンでした。ウィガンでハムストリングをけがして、昨シーズンはアーセナルに戻ったけど、試合に絡むこともなく過ごしていました。今回はトゥエンテで試合にどんどん絡むために来た。ただ、けが明けの最初の試合がヘラクレス戦で、自分が期待していた気持ちに、体がついてこなかった。

 (助っ人として加入し)結果も出さないといけないしコンディションも戻さないといけないというジレンマがあった。これは自分にとって初めての経験だったので、そこからメンタルが崩れていった。本当に難しいシーズンでした。

 -シーズン終盤にようやくドリブル突破からのゴールがあった。

 本当にそこが自分の持ち味なんで。でも、その持ち味をなかなか出せなかった。今まで出せていたものが、ぜんぜん自分の足じゃないみたいな…。おかしいなあという感じだけど結果も出さないといけない。すごい難しかったですね。

 -「メンタルが崩れた」とは

 それこそ、自分に期待していた部分があったから、そこで「なんだ、この体は? ぜんぜん動かないじゃないか」みたいな。結果が出ず、思うようにいかな い。そのターニングポイントは、以前にもお話ししましたがヘーレンフェーン戦でした。あの試合で精神的に追い込まれました。でも、そういうところで自分と 向き合えたのはよかったです。

 -あのころは「20分でバテていた」と試合後に言っていた

 そんなんじゃ恥ずかしいですよね(苦笑い)。今から思えば、お金を払っているお客さんのためにやっている中で、そんなやつが試合をやっていいのかって。プロフェッショナルとして…。でも、そういうことを分かることができたのは、良かったんですけど。

 -オランダの雑誌のインタビューで「ロッベンと話してみたい。目標の選手」と答えていたが

 スピードを武器にしている選手だし、参考にしています。(けがから復帰したという意味でも)お手本ですよね。「肉離れしてスピードは戻るのかな? 自分 からスピードがなくなったらどうなるのかな」と思っていました。実際試合に出たら「ぜんぜん遅いや。どうするの?」みたいな感じで、すごく悩みました。だけど信じていて良かった。スピードも戻ってきたので、良かったです。

 -筋力トレーニングとスピードの関係はどう考えていますか

 18歳の時アーセナルに行くとまわりがみんなデカいので、すごい筋トレをやらされました。僕も必要だと思ってガンガンやってたんですけど、体重も増えていった。体は確かに強くなるんですけど、なんか動かない、キレがなくて体重だけ増えてけがをしてしまいました。

 最近は自重で(筋トレを)やっています。僕はキレが大事なので、そこを重視するトレーニングをチーム以外でやってます。試行錯誤してやって、自分なりに経験して理解できた。今後また問題が出てくるかもしれませんが。

 正直ロシツキーとかエジルとか、キレのある選手はぜんぜん筋トレをやっていなかった。むしろ、筋トレをやってるとロシツキーなんかが「やるな」ってアドバイスをくれたんです。「それよりお前、ボールにもっとさわれ。その方が大事だから」って。

 -ロシツキーはどんな人ですか

 僕にとって師匠みたいな人でした。めちゃくちゃいい人。アーセナルはみんないい選手だし、いい人ですけど、彼は本当にいろいろアドバイスをくれました。

 練習が終わってロシツキーが10分ぐらいですけど、いつもドリブル練習をしてるんです。俺もそれに加わってみたら「お前、ボールを見ないで周りだけ見るんだ」とかアドバイスをくれて、「そうなんですか」って(笑い)。

 -今日の練習中も、サッカーが楽しそうにみえた

 それですね! サッカーが楽しくなってきました。(前半戦は)サッカーをやめたい、と思ってましたから。すごい苦しかったですけど、今はサッカーをやる楽しさも分かったんで、良かったです。

 -自宅から練習場まで自転車で通っていた時期があるとか

 たまに、練習場まで自転車で来ることがありますよ。フィットネスが足りない時には、ほぼ毎日チャリンコで通ってました。

 -今後は

 ある意味で、日本人らしくないところ、それが僕の持ち味なんで、そこを生かしていきたいです。みんなテクニックに優れたプレーをするじゃないですか。でも、僕は縦にパスを蹴ってくれればいい。そこから仕掛けますから。

 フェイエノールトでやれて、プロでやれると多少あのときは調子に乗っていたのかもしれません。

 アーセナルに戻った時もアルシャビンからポジションを奪ってやるという気持ちでした。実際に最初の方は練習でもやれてました。でも、そのうちチームメートが競争相手というより、あこがれに変わっていったんです。

 とにかく練習の質も高いし、チームメートもミスしないでプレーする。そのうち「試合に出られなくてもしょうがない」という気持ちになってきた。

 それじゃあポジションは取れないというのは、自分でもうすうす感じてはいたんですけど、自分を出そうというより、まわりに合わせてやってミスしないようにして日々の練習をクリアしていく方が大事になっていた。練習中の緊張感がすごく、家に帰るとグッタリしていました。


 僕は若い時にアーセナルで、一流とは何かということを実際に知ることができた。ロシツキーは本当にすごかった。海外では自分からチームメートに話しかけないとダメです。孤立している選手はやはり、自分から話しかけてないですよね。

 僕はロシツキーにプレーの秘訣(ひけつ)を教わりに行ったら「2つぐらい先を見てプレーしろ」と言われました。ただ「それは無理です」と思いました(苦笑)。皆さんはロシツキーのドリブルとかパスがすごいと思うでしょう。でも、彼が本当にすごいのは守備を頑張ってするところ。彼のスライディングにはほれぼれします。

 そしてボールを奪ったらすぐに立ち上がってドリブルする。その一連のプレーがすごい。みんな、知らないでしょう(笑い)。

 -夢は


 今、一番大事なのは試合に出ることだと思います。ヤング・トゥエンテ(2軍に相当するチームで、同国2部所属)でそれを実感した。次に行くチームも、試合に出られるところへ行きたい。

 僕の夢はヨーロッパで活躍することです。ユベントスが大好きなんです。CL(欧州チャンピオンズリーグ)のファイナルに残ってうれしいですね。カウンターサッカーも僕の特徴に合いますし。

 -自分をどう見るか

 僕は不器用です。それが自分の中で出した答え。だから小学生相手でも、高校生相手でも、僕は全力を出してプレーするし練習する。中途半端にプレーするのが一番ダメ。だから、けがをすると思う。「まあ、いいや」という気持ちが一番危険です。

 それはストレッチ、体幹トレーニングもそう。皆さんの仕事でも「今日はもう、いいや」と思う時がありませんか? お風呂からあがって「今日はもういいや」って思ってストレッチや体幹トレーニングを怠ったりする時もありました。今思うと、その積み重ね、それがけがになったのかもしれません。

 -「来季もアーセナルへ残ってくれ」と言われたら

 (試合に出られるかどうか分からないから)それは難しい質問ですね。でも、コクランという選手を知ってますか? 彼はレンタル先のフライブルクでも試合に出られなかったんですが、チーム事情で今季アーセナルへ戻ってきて活躍してるんです。そういう例もある。だから、自分でしっかり考えて答えを出したいで す。

 -宇佐美らは活躍している

 (社会人の強豪トヨタ自動車野球部ゼネラルマネジャーを務める)父に言われるんですよ。「野球をやっていたらな…」って。でも、やっぱり僕はサッカーなんです。13歳で宇佐美に出会って「こんなすごい選手がいるんだ」と驚いて以来、僕はサッカーです。

 将来、日本代表でやるためにも、海外でヨーロッパ、南米、アフリカの選手を相手にサッカーをするのは、必ず役に立つと僕は信じてます。

 -高校2年の時「本田選手みたいに、自分の言葉を持っている選手が好き。話してみたいです」って言っていた

 本田さんには本当に親切にしてもらっています。僕がトゥエンテのリザーブチーム行きした記事を読んだ本田さんが電話してきてくれて「大丈夫か。お前は決して2部でプレーするような器の選手じゃない。自分を信じて頑張れ」と励ましてくれました。

 あの時は麻也さん、篤人さん、香川さんたちにも心配してもらいました。本当に心強かったです。僕はこのままでは終わりませんよ。活躍しますので、見ていてください。

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